今年、日本列島を襲った猛暑もようやく終わり、道外でも秋色が漂ってきたようです。
それにしても、昨今の異常気象とそれに伴う自然災害の頻発は、地球温暖化問題の深刻化を実感させます。
一方同じ環境問題でも、生物多様性の保護の問題については、新たなステージへの進展が見られるようです。
「ネイチャーポジティブ」という言葉は、ご存知でしょうか?
これは「自然再興」と訳されますが、2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)やG7の2030年自然協約などで掲げられた、新たな生物保護に関する考え方です。
ざっくり言うと、今の地球は過去1,000万年の平均と比べると10倍から100倍の速度で生物が絶滅しているマイナスの状態にありますが、それをプラスの状態に変化させようというものです。
つまり、これまでの絶滅を阻止して自然破壊を止めるという「維持」から一歩踏み出して、以前の豊かな自然を「再興」しようというポジティブな目標へと転換したわけです。
日本でもこの考え方に沿って、「生物多様性国家戦略2023-2030」(2023年3月閣議決定)において2030年までにネイチャーポジティブを達成するという目標が設定されました。
このような動きに対応して、道路事業においても「生き物に優しい」道路づくりが進められています。
道路づくりにおける生き物への配慮は、構想段階から始まり、動物の生息地や植物の生育地を縮小させないように、影響の大きなエリアを「回避」します。
そして、計画・設計では、地形改変の最小化、緑化・表土の利用、既存種による植栽などによる影響を「低減」、あるいは、重要な動物種(卵のう等)や植物種の移設・移殖、代替生息地・生育地の創出などの「代償」を対策として実施しています。
また、動物の移動経路の分断を回避・低減するためにボックスカルバートやオーバーブリッジを設置し、そこまで誘導柵や植栽で誘導したりしています。(*脚注 参考情報)
動物横断用のボックスカルバート(平成8年に全国初のエコロード事業として開通した鬼首道路;出典 国土交通省東北地方整備局ホームページ)
この移動経路の分断は、動物の生活に支障が生じるだけではなく、地域の個体群の維持にも影響が及んだりするので大問題です。と言うのは、ある地域でバラバラに生息している動物の個体群のうち、個体数が減った個体群があったとしても、別の個体群の個体数が増えていれば、その増えた個体が減った個体群に移動することによって地域全体としての個体群は維持されますが、移動経路の分断は、縮小した個体群の消滅の危機を招くのです。
ところで、北海道では、この道路や鉄道による分断で起きるエゾシカの交通事故が数十年前から問題になっています。もっとも、これは動物保護の問題ではなく、保護した結果、増え過ぎた動物による交通事故(ロードキル)が道路や鉄道の大きな交通障害となっていて、対策が進められていますが、中々一筋縄ではいきません。
そもそも、シカは鉄分を求めて鉄製の線路をなめに来るし、塩分を求めて海岸に集まるということなので、鉄道や海岸沿いの道路の交通事故は後を絶たないのです。
そういうわけで、北海道の高速道路では、至る所にエゾシカの侵入防止柵が張り巡らされているのですが、シカがひとたび侵入してしまうと、今度は柵で囲まれた道路から出られなくなってパニックとなってしまいます。それで、シカの脱出用のアウトジャンプ(柵を飛び越えるために設けた道路側の盛土)やワンウェイゲート(道路側から道路外にだけ開くシカ脱出用ゲート)が開発されました。また、高速道路への進入路には、シカの進入防止のために路面にディアガード(梯子状鋼製パイプ)を設置して、車だけが通行できる工夫をしています。
グッドアイディアですね! 人間の知恵はシカの身体能力に優るのです。
「生き物に優しい道路」は、わが自然王国・北海道でこそ、全国を先導する技術を発展させて欲しいものです!
2024年11月第1号No.155
(文責:小町谷信彦)