ローマンコンクリートという言葉をお聞きになったことはあるでしょうか?
ローマ時代の遺物「コロッセオ」や「ローマの水道橋」などは、ローマンコンクリートで作られました。現在の観光都市ローマの賑わいもこの発明のおかげと言えそうですが、それにしても、約2000年も前のコンクリート構造物が今なお原形を留めているというのは、現代のコンクリートの50年から100年程度の寿命を考えると驚きです。
もちろん、今は無筋で強度の小さいローマ時代のコンクリートと異なり、より強度が強く大規模施設も建設可能な鉄筋コンクリートが中心なので、二酸化炭素の進入による中性化や塩害で内部の鉄筋に錆が生じて劣化を招くという物理的条件の違いはありますが、ローマンコンクリートの驚異的な耐用年数のメカニズムは研究者の関心の的となってきました。
そして、これまではコンクリートの混和材として使用されたベスビオ火山の火山灰(ポッツォラーナ)にそのカギがあり、コンクリートの緻密化や二酸化炭素及び塩分の鉄筋への到達期間の延長などが長寿命化をもたらすと考えられてきました。
しかし最近、ローマンコンクリートに含まれるミリメートル単位の白い石灰の塊「ライムクラスト」がコンクリートに生じたひび割れを自己修復する機能を果たしていることが明らかになりました。長寿命を生み出す大きな決め手はイタリアのナポリ地方特有の火山灰ではなく、無用の長物と思われていたライムクラストにあったのです。
すなわち、MIT(マサチューセッツ工科大学)の材料科学者アドミール・マシック氏が科学雑誌「Sciennce Advances」(2023.1.6付)に発表した研究論文によると、従前は材料の質の悪さや混合のずさんさから生じる異物と考えられていたライムクラストが、他の小さな粒子よりも大きな表面積を持つという特性から、混合コンクリートに生じたひび割れを引き付け、そこに水がしみこむと石灰と反応して溶け出したカルシウムが炭酸カルシウムに変化して乾燥・硬化することで、亀裂を接着し、ひび割れの拡大が防止されるというのです。そして、X線や走査電子顕微鏡による分析で、ローマンコンクリートの石灰には定説されていた消石灰(水酸化カルシウム)ではなく生石灰(酸化カルシウム)が使われ、ライムクラストは火山灰や水に生石灰を直接加えて、超高温下で混ぜることで生成されることが明らかになった点でも画期的な研究でした。
さて、この古代ローマ人の偉大な知恵とも言えるローマンコンクリートですが、なぜかAD476年の西ローマ帝国の崩壊後、全く使われなくなり、再びコンクリートが注目されるようになったのは何と約1300年後でした。
その理由は明らかではなく諸説あり、一説では「中世の主要な大規模建造物だった教会が概観の繊細さや細かな装飾的加工を求めたのに対してコンクリートでは石造りのように対応できなかった」とされているようです。しかし、個人的には「中世ヨーロッパを支配したキリスト教絶対主義が、多神教だったギリシャ・ローマ文明には否定的で、その文明の産物であるローマンコンクリートも忌避した」という文化的背景説を支持したいと思います。
ヨーロッパの古い街の中心に鎮座する教会の尖塔は、天を目指してそびえ立っています。
しばしばわが国と欧米の文化は「木の文化」と「石の文化」として違いを説明されますが、20年ごとに造り替えられる伊勢神宮に象徴され、諸行無常に慣れ親しんだ仏教文化と何百年もかけて永遠を目指して大聖堂を造り続けるキリスト教文化という宗教的な違いも大きいと感じています。
そんな中世以来の硬直的なキリスト教精神が、ローマンコンクリートの価値から目を背けさせ、コンクリート暗黒時代を招いたような気がしてなりません。
(参考)コンクリートの自己修復に関してはバクテリアを活用した自己治癒コンクリートについて弊社HPに以下の記事を掲載
土木の話題 21「社会資本メンテナンス時代の土木技術」
2023年1月第1号 No.134号
(文責:小町谷信彦)