ロシアのウクライナ侵攻を巡る攻防戦は長期化の様相となってきました。この戦争では原子力発電所にも戦火が及び、放射能汚染の危惧が高まっています。
原子力発電所は、ダムや堤防とともに国際人道の観点から戦時国際法のジュネーブ条約 第1追加議定書第56条で攻撃の対象とすることが基本的に禁じられ、条約締結国のロシアもそれに従う義務があるはずですが、現実的には難しい問題が内在しています。
そもそも1977年に追加されたこの議定書は、ベトナム戦争で米軍が北ベトナム軍の隠れ場を一掃するために強力な除草剤をジャングルに散布した枯葉作戦により土壌や河川の汚染を引き起こし、多数の地元住民が健康被害をこうむったことが国際的な人道問題として批判を的となり、その解決策として制定されたものでした。それで、この議定書では「軍事目標のみを軍事行動の対象とする」という原則が明記され、食糧及び食糧生産地域、飲料水供給、灌漑設備等への攻撃の禁止を謳った第54条とともに第56条が盛り込まれました。
しかし、米国には、ベトナム戦争で当初、ダムや発電所、港湾、堤防などのインフラ施設への攻撃を控えたところ、北ベトナム軍がそれを逆手に取って堤防上にレーダーサイトや対空火器を設置して米軍機に大きな損害を与えたという苦い経験がありました。そして、米国の主張により「軍事行動に対して常時の、重要かつ直接の支援を行うために利用され、これらに対する攻撃が支援を終了させる唯一の実行可能な方法である場合は例外」という規定が付加されたという経緯があるのです。
さらに、議定書の締結国は中国や北朝鮮も含めて世界174か国(2019年7月末)に及びますが、実は米国やイスラエルは加入していないという問題も抱えています。
さて、このインフラの安全への脅威となる問題が、最近、注目されています。
世界中でインフラをターゲットしたサイバー攻撃が増加しているのです。
今やフィッシング詐欺は手口が巧妙化し、被害は増加の一途ですが、そういう民間レベルの問題だけではなく、政治・軍事的な国家目標の達成のために国家が関与するサイバー攻撃が深刻な脅威となり、インフラも格好の攻撃対象とされているのです。
例えば、ウクライナでは2015年の厳冬期に、電力施設の制御装置などが不正操作されて、復旧までに最大6時間を要する大規模停電に陥り、約22万5000人に影響を与えたとのことです。(日経コンストラクション2022年8月号)
また、ダムの放流ゲートなどの設備の不正操作による大規模な水害の発生や鉄道・地下鉄の制御システムの乗っ取りによる衝突事故の発生、システム停止によるダイヤの混乱など、様々なケースが想定されます。さらに水道施設への攻撃は、断水だけではなく、薬品注入の濃度調整による飲料水の有毒化も可能で、実際、2021年に米国フロリダ州の浄水場でそのような被害が発生しています。
インフラの遠隔管理は一層の拡大・普及が不可避なので、サイバー攻撃に対する守りを固めることは明日の住民の生活の安全・安心のために喫緊の課題と言えそうです。
サイバー攻撃の話を考えると、その昔、夢中になって読んだ鉄腕アトムを思い出します。
悪の組織の博士が作った強力なロボットを正義の味方 鉄腕アトムが木っ端みじんに撃退するというお決まりのストーリーなのですが、国家間のサイバー戦争では、互いに自分たちの正義を主張し合う構図なので、漫画のようにスッキリした結末にはなりそうもないですね。争いのない平和な世界が実現して欲しいものです。
2022年9月第1号 No.126号
(文責:小町谷信彦)