土木の話題50「土木の見えない力~地下空間が支える都市社会」

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 今から丁度20年ほど前に「人は見た目が9割」 という本がベストセラーになりました。人の印象は、容姿やルックスだけでなく表情や声のトーン、色や匂いも含む広い意味での「見た目」で9割が決まるという話でした。
 どこまで本当? と思わなくもありませんが、なるほど!という気にはなる一冊でした。
 ことほど左様に見た目は何ごとによらず大事です。
 逆に言うと、「見えない」ことは、とても大きなハンディと言えそうです。
 土木の世界は、まさにその代表選手かもしれません。
 並べ評されることも多い建築は、様々な個性やデザインが目を楽しませてくれますが、土木は、例えば道路は、どれも似たような道で、一般の人はアスファルトとコンクリートの違いくらいはわかっても、排水性だの遮熱性だのという違いが気になるのは関係者だけでしょう。おそらく、道路は空気のようなもので視界の中に入っていても、意識としては「見えていない」と思われます。ましてや地下に埋まっている下水道や上水道は存在していないようなものでしょう。
 それで、土木施設が私達の生活を支えるために果たしている役割や目に見えない土木の力を一般の方々に知って頂くための情報発信はとても重要です。

 さて、令和6年の能登半島地震では老朽化した上下水道に甚大な被害が及び、そして令和7年1月の埼玉県八潮市の道路陥没事故が勃発しました。この災害や事故は、老朽化した地下のインフラの見えないが故に放置されてきたリスクを顕在化した衝撃的な出来事でした。これは知る人ぞ知る大問題でしたが、これを契機に重点的に対策が進み始めました。国土交通省は上水道事業を環境省から移管し、上下水道の更新を一体化、重点化し、また一体的耐震化・復旧の検討も進めています。

 一方、都市への人の集中が進めば進むほど、高密度な人口に対応した生活や産業のニーズを限られた土地の中でどう満たすかが問題になります。その極めて有効な対処法の一つが、地下空間の活用です。
 これまでも大都市では、地下鉄や地下街、地下歩行通路、地下駐車場等が整備されてきました。例えば、日本で最深の地下鉄駅 東京の大江戸線の一番ホームは、地上から43mもの深さにありますが、これは山手線の内側エリアで8本の地下鉄路線と交差し、その下を通す必要から、ここまで深くなってしまったわけです。それ程までに、東京の地下はアリの巣状に地下鉄路線が張りめぐらされているのです。
 そして今や、地下開発技術の進歩や地下40m以深の大深度地下での公共事業は用地買収や補償の必要がないという事業上のメリットもあり、地下空間を活用したプロジェクトは目白押しです。
 地下鉄の「羽田空港アクセス線(仮称)」(東京メトロ 有楽町線・南北線の延伸路線)を始めとして、道路は、東京では「首都高速日本橋区間地下化」、「外かく環状道路(外環道)の関越道~大泉JCT間」(大深度地下方式計画)、大阪の「淀橋左岸線延伸部」、札幌の「創成川通(都心アクセス道路)」など、様々なプロジェクトが進んでいます。さらに、地上と地下の道路を一体的に整備する「ダイバーストリート」構想は、近未来への夢を広げます。

 河川でも、気候変動に対応した流域治水の一環として、地下河川や地下放水路、地下調整地、雨水浸透施設の整備が進められています。そして、国土交通省の勉強会では、河川の地下空間を兼用工作物として他の事業と連携して整備、運用する取り組みや河川区域外の廃止された大規模地下駐車場を調整地に転用するといった面的な治水対策のネットワークなどが、提言として取りまとめられました。

 人工物で埋め尽くされた大都市において、公園や緑地とともに河川は大きな広がりを持つ貴重な癒しの空間です。
 その地下空間は、確かにこれまでほとんど使われていなかっただけに、大きな可能性を秘めているかもしれません。
 見えないところでこそ発揮する土木の力を、柔軟な土木の知恵で、さらに花開かせて欲しいものです!

2025年6月第2号 No.166
(文責:小町谷信彦)