土木の話題38「メタバース時代の土木の未来」

 昨今、メタバース(Metaverse; 仮想空間)がにわかに注目を集めています。
 メタバースは、単にゲームだけではなく、ビジネスとしての展開も始まり、社会に革命的な変化をもたらす可能性が指摘されています。その象徴的な出来事が昨年(2021年)の米国フェイスブック社のMetaへの社名変更でした。SNSの生みの親がSNSの時代は終わり、これからはメタバースだと宣言したのですから、世界に衝撃が走りました。
 仮想空間は、これまでもバーチャル空間とかVR(仮想現実空間)と言った様々な名称で呼ばれ新たな技術とツールが新らしい世界を広げてきましたが、メタバースの最大の特徴は、利用者が自分の分身であるアバターを使ってWeb上で構築された仮想空間での買い物や友人との会話・娯楽といった社会生活全般を楽しめるだけではなく、例えば商品の制作・販売といった経済活動まで可能で、いわば、リアルとは別のもう一つの「現実」生活を生み出す仕掛けなのです。
 そして、メタバースの将来性を熱く語る人達は、通貨の世界で仮想通貨が世界的に急速に普及しつつあるように、近未来的には人間の生活そのものが仮想空間に移っていくと予想していて、極端な話、最後までリアルの世界に残るのは、呼吸と飲み食い排便することと生殖に関わることだけというSF小説の読み過ぎではないかと思われることを言う人までいるようです。

 さて、こんな摩訶不思議な世界が広がりつつある21世紀において、土木はこれからどうなっていくのでしょうか?
新型コロナの大流行は、人と人との接触を避ける必要からテレワークやオンラインコミュニケーションサービス等を急速に普及させ、5G等の普及も後押ししてメタバースの可能性を広げましたが、土木の世界にも大きな技術革新をもたらしています。
 建設現場でも遠隔臨場やオンラインでの打ち合わせ、テレワーク等々、DX化が急速に進み、3Dデータを活用したBIM/CIMにより構造物設計や工事現場のシミュレーションが普及しつつあります。ただ、この分野には高い精度での再計算により処理スピードが遅くなり、リアルな視点の移動が難しいという特有の課題がありましたが、映像デザイン会社がコンピューターゲームの制作を効率化するゲームエンジンを使って処理速度を確保しつつ、映像や音楽制作で培った表現力豊かな仮想空間を構築するという動きも始まりました。そして、このゲームエンジンを使ったVR空間を河川整備の住民合意形成に活用するなど、公共事業のプロセスでの様々な活用が模索されています。

 とは言え、デジタル技術が進歩してどんなにメタバースが現実社会に近づいたとしても、生身の人間は生命機能を健全に維持しなければ生きられないので、完全にリアルの世界に取って替わることはあり得ません。土木はリアルの世界でこそ必要なもので、仮想空間では全く必要のない技術の一つと言えそうですが、人間が滅びない限り、衣食住の基盤を整える土木の世界は不滅と言えるでしょう。
 国土交通省は2021年7月に文部科学省と連携して「宇宙無人建設革新技術開発推進事業」を創設し、月面基地を無人で建設するための技術開発を産学官連携により進めています。
 また、先日(2022年7月)、「空飛ぶ車」の離着陸場に関する国内基準を策定するための検討もはじめました。
 一方、土木学会は、「地盤の課題と可能性に関する声明」(2022年9月20日)で、脱炭素化の推進策として二酸化炭素の排出量抑制と二酸化炭素を回収して地中内に貯留するCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)を挙げ、「効率的に貯留する施工技術や安定的な貯留への評価技術などの開発が課題」と問題提起したほか、土構造物は環境負荷の小さな究極のグリーンインフラとして積極的な採用を検討することが重要としています。
 地価が高騰したバブル時代に構想された大深度地下の利用は、費用対効果が小さくなりすっかり下火になってしまいましたが、大規模地下インフラも技術のイノベーション(無人化、遠隔施工、AIなど)が期待されています。

 リアルの世界には、空、宇宙、地下等々、まだまだ土木が道を切り開かなければならないフロンティアの世界がまだまだ残されているのです。
 メタバース時代の土木が経験工学の壁を乗り越えて飛躍する一つのカギは、もしかすると土木とは縁が薄いとも思えるこのメタバースを現実化する異分野技術の活用にあるのかもしれません。

2022年11月第2号 No.131号
(文責:小町谷信彦)