近年、宇宙旅行は数千万以上のお金さえかければ、手に届かぬ夢ではなくなりました。近い将来、SFの世界だった宇宙都市も現実になるかもしれません。
例えば、NASA(アメリカ航空宇宙局)が2019年に発表した “アルテミス計画”は、当面の目標2027年以降の有人月面着陸の次のステップは、2031年以降に月や火星への物資運搬を中継するゲートウェイ(月周回有人拠点)を設置し、民間企業の宇宙ビジネス展開の基盤とするという気宇壮大な取り組みです。ギリシャ神話の「月の女神アルテミス」にちなんだこの米国主導のビッグプロジェクトは、米国の民間宇宙飛行会社及び欧州、日本、カナダ等の宇宙開発機関との国際的パートナーシップで進められています。ちなみに、同じくギリシャ神話に登場する「太陽神アポロン」は、アルテミスの双子の兄。アルテミス計画は、史上初の有人月面着陸を成功させたアポロ計画とは双子とも言える計画なのです。さらにこの計画で使用するオリオン宇宙船の由来の「オリオン」は、アルテミスの最愛の恋人。ただオリオンは、兄アポロンに騙されたアルテミスに間違って弓で射抜かれてしまうという悲劇の巨人なので、何故こんな縁起の悪いネーミングにしたのかは謎です。
さて、この月面着陸に関しては、日本の技術も中々のものです。2023年に日本初の月面軟着陸に成功したJAXSA(宇宙航空研究開発機構)の小型月着陸実証機“SLIM” は、史上初となる月面へのピンポイント着陸に成功し、世界の注目を集めています。このSLIMに搭載した2台のロボットは、月面着陸直前に切り離され、月面を探査し、画像送信や月面の土壌データの計測を行います。
史上初の月面着陸を製鋼させたアポロ11号は、着陸精度が低かったので「月の海」と呼ばれる障害物がない広々とした場所に着陸したのに対して、SLIMの場合は、科学観測装置をクレーター近くの斜面に置くという難しい想定で100m程度の高精度で、着陸直前に最も安全そうな地点を自ら選んで着陸させたのです。このためには、転倒しないように岩石を避ける高度な技術が必要で、また、レゴリスと呼ばれる月面の土の性状についてもよく知っておく必要があります。
そこで土木の地盤工学が力を発揮します。レゴリスの性状の解明が進められ、探査機の設計などにその挙動についての知見が活用されることになりそうです。
ところで、月の土「レゴリス」とは、どんな土だと思いますか?
地球の土の比重は、2.6~2.7程度ですが、レゴリスは3程度と重く、粒径は非常に細かく、小麦粉とほぼ同じくらいの大きさだそうです。その上、乾燥していて、そもそも低重力なので、流動性が高まり、探査車両の走行実験をすると空回りしてしまうそうです。いろいろ厄介な問題があるのですね。
さらに月面開発を実際に進める段階になると構造物を支える地盤調査が必要になりますが、地球上で位置特定のために使われているGNSS(全球測位衛星システム)が、月面では利用できないという問題もあります。まず座標を設定し、ICTを活用するための情報基盤の整備から始める必要があるのです。
一方、これまで培ってきた土木のプロジェクトマネジメントのスキルは、月面開発においても大いに力を発揮することが期待されています。
宇宙開発、この新天地で開発された新技術が、地上でのデュアルユースにより、私たちのインフラにも新たなイノベーションを生み出していくのかもしれません。
いよいよ本格的な宇宙時代の幕開け。星の彼方に夢が広がりますね!
2025年5月第1号 No.164
(文責:小町谷信彦)