「必要は発明の母」。発明王エジソンが好んで使ったとされる言葉ですが、「木コンクリート橋」は正にそういう発明でした。北海道発のこの橋梁技術は、第二次世界大戦の直前、日中戦争による土木予算の削減と鋼材の使用制限という窮乏の時代の必要が生み出された産物だったからです。
木コンクリートという言葉通り、木桁の上にコンクリートの床版(しょうばん)を載せたこの橋は、引張応力に強い木材と圧縮応力や摩耗に強いコンクリートの材料的特徴をうまく活用し、木桁と床版を切り欠きで嚙合わせて鋼材を最小にしたハイブリッド橋で、鋼材の節約、自動車走行に耐える強度、工費も低廉化、長寿命、施工の容易化、といった一石五鳥にも六鳥にもなる秀逸な技術でした。北海道内では昭和40年代まで半永久橋として広く普及し、延べ350橋(うち国道246橋)が架けられました。
しかし、海を越えては広がらなかったようで、また残念なことに、その後交通量が増えるに従って強度のより大きい鋼橋やコンクリート橋に更新され、道内で現存が確認されているのは4橋(2022年時点)にすぎません。実は、この技術の考案者、当時の北海道庁土木試験室技師 高橋敏五郎氏は昭和60年代に既に「自然消滅してしまった思い出の橋」と書き残しており、時代の必要の変化とともに消えたのです。
ちなみにこの高橋敏五郎氏、戦後、朝鮮戦争が勃発し軍事物資輸送路として札幌・千歳間の国道(延長34.5km;通称「弾丸道路」)の緊急整備をGHQから厳命された際、それをたった一年余りで完成させたことで歴史に名を刻むことになります。この工事で工期短縮のために導入された新技術、日本で初めてアスファルト舗装と本格的な建設機械施工は、以降、日本の道路舗装の主役をコンクリートからアスファルト、人力から機械へと変える時代を画す道路となったのです。
時代はさらに巡り巡って現代。鋼橋の塩害による腐食の問題が顕在化し、ノンメタル橋の耐久性が評価されるようになった結果、改めて木コンクリート橋に光が当たってきました。
木材は鉄やコンクリートより比熱が高く、熱伝導率は低いので、コンクリートよりも凍害劣化が緩やかで、塩害による影響も少ないと考えられます。
また、地球環境問題が世界的な関心を集める中、木という人と地球に優しい素材として注目され、間伐材の有効利用、風景に馴染んだ木橋の価値が再評価されています。
木コンクリート橋もインフラツーリズムで土木遺産として楽しむだけではなく、現代の技術を生かして21世紀のエコな橋としての再生を目指したいものです!
(参考情報) 木コンクリート橋・木直川橋(土木学会選奨土木遺産 令和7年度認定)
所 在 地:北海道札幌市南区滝野247番地(滝野すずらん丘陵公園内)
1963(昭和38)年に 南茅部町(現:函館市木直町)の国道278号に建設され、1987(昭和62)年の架け替え時に滝野すずらん丘陵公園内に移設し、元橋の木主桁の一部を用いて復元。
(出典:国土交通省北海道開発局札幌開発建設部 公式WEBサイト)
2026年1月第1号 No.176
(文責:小町谷信彦)