橋の話題 21「ロンドン橋と童謡『ロンドン橋落ちた』」

ロンドン橋と童謡「ロンドン橋落ちた」

今回は趣向を変えて、いきなりクイズです。下の写真のどちらがロンドン橋ですか?

ロンドンを観光で訪れた方はご存知だとは思いますが、正解は2枚目の写真です。
しかし、私も含めてですが、1枚目のシンボリックな跳ね橋「タワーブリッジ」をロンドン橋だと勘違いしていた方も多くおられるのではないでしょうか?
実際、グーグルでロンドン橋の画像を検索すると「タワーブリッジ」の方が本物の「ロンドン橋」よりも多くアップされていますが、これは日本人に特有の現象ではなく世界共通のようです。
それは一つの歴史的な都市伝説が物語っています。
現在のロンドン橋の前の石造りアーチ橋(1831年完成)が1968年に基礎の沈下のため取り壊されることになり、売却の公募入札の結果、マカロックという米国の企業家が246万ドルという当時としては相当な高額で落札したのですが、「彼はロンドン橋をタワーブリッジと勘違いして落札した」という話が広く流布したのです。どうも事実はそうではなかったようで、それが「都市伝説」と言われる所以なのですが、3年がかりでアリゾナ州のレイクハバスシティに復元された米国のロンドン橋は、現在もグランドキャニオンに次ぐアリゾナの観光名所として人気を集めているとのことです。

さて、ロンドン橋というと、英語の学習で童謡「ロンドン橋落ちた」の“London Bridge is broken down. Broken down. Broken down.”のフレーズを口ずさんだのを懐かしく思い起こされた方も多いことでしょう。
この歌でロンドン橋は、木と粘土の橋から始まって、流されると次はレンガと砂の橋、また流され次は鉄の橋と何度も架け替えられる様子が歌われていますが、実際、10世紀から12世紀にかけてのロンドン橋は洪水で何度も流され、1209年に石造りの橋が完成でようやく水害との闘いの歴史に終止符が打たれたのです。
しかし、水害に耐えても新たな災害が待ち構えていました。この堅牢な石橋の上には完成後まもなく住宅、商店さらには礼拝堂まで建てられ、通路の両側には建物がびっしり立ち並ぶようになったことから、1212年、1633年、1666年としばしば大火に見舞われます。また、ワットタイラーの乱などでは、橋上が激しい攻防戦の舞台ともなり石造りアーチは破壊され、住宅が焼き払われるなど、人災により大きく傷つきました。
そのため、橋の修復のためには相当な費用が必要になり、橋上の店舗や家の賃貸料が財源として使われましたが、童謡の後半の歌詞にも登場する橋の見張り番が徴収していた通行料もこれにあてられました。また、一般の人や教会から寄付を募ったりしたようですが、マルティン・ルターによる宗教改革の引き金になった「購入すれば天国に行ける」という免罪符による収入が寄付される場合もあったようです。

他にも歴史を紐解くと清教徒革命のクロムウェルが最後は反逆者として処刑された後、ここで首をさらされたとか、英国海軍がスペインの無敵艦隊を打ち破った際に敵の11の艦隊旗が飾られたなど、悲喜こもごも歴史を飾る舞台となったとのことです。

「ロンドン橋落ちた」は、橋梁技術者にとっては、実に縁起の悪い代物と言えそうですが、ロンドン橋の歴史と重ね合わせると中々味わい深いものがあります。

(文責:小町谷信彦)

                       2019年7月第1号No.61