橋の話題 23「橋と建築~隈研吾氏の作品から~」

橋と建築~隈研吾氏の作品から~

新国立競技場の設計で一躍脚光を浴びている建築家の隈研吾氏が名酒「獺祭(だっさい)」の製造元・旭酒造(山口県岩国市)からの依頼でデザインした橋が2019年度中に着工することになったそうです。
この橋は、旭酒造の本社酒蔵と直販所に繋がる市道に架かる「久杉橋(くすぎばし)」という長さ15mの桁橋なのですが、2018年の西日本豪雨で高欄が大きく損傷したため撤去されました。設置主体の山口県は当初、被災前と同じ橋梁形式で計画しましたが、旭酒造や地元住民が久杉橋を復興のシンボルとしたいという想いで、直販所を設計した隈研吾氏のデザインをこの橋にも盛り込むよう提案し、話し合いの結果、同社が総事業費の4割強を負担するということで話がまとまったのです。
この新橋の最大の特徴は、県内産のヒノキ材800本以上を高欄に沿って長さを変えて配置することで、周辺の自然に溶け込ませた緩やかな美しい側面の曲線デザインを生み出した点にあります。
また、蔵元の地名「獺越(おそごえ)」が純米大吟醸「獺祭」の名の由来ともなったこの地は、獺(かわうそ)こそ今やいなくなったものの昔ながらの清流の山里。
ヒノキ材越しに山並みの変化が楽しめるよう新設される歩道も酒蔵の見学者たちに喜ばれる魅力的なものになりそうです。
2022年に完成した暁には、海外での日本酒ブームの先駆け、杜氏のいないハイテク酒造り等々、数々のチャレンジで知られる旭酒造の新たな話題として注目が集まりそうです。
(詳しくは、“日経コンストラクション2019年12月9日号”をご覧ください)

ところで、隈研吾氏は、「雲の上のギャラリー」(高知県梼原町(ゆすはらちょう))という「橋のような建物」の設計者としても知られています。
枝葉が広がり、木漏れ日のような光と影を作り出す森のような建物を目指したというこの建築物、日本建築の軒を支える伝統的木材表現をモチーフとして、刎木(はねぎ)を何本も重ねて桁に乗せていく「やじろべえ型刎橋(はねばし)」という世界に類例のない架橋形式で作られたもので、材は梼原産の杉を使用しています。
その土地の自然に溶け込む建築、地元の素材へのこだわりは隈氏の作品に通底するデザインポリシーで、地域を愛する人々の共感を呼ぶとともに誰もが安らぎを感じる源なのでしょう。

 

雲の上のギャラリー(写真提供:高知県檮原町)

さて、橋は、道路や堤防などの背景にはなっても主役にはなれない多くの土木構造物とは異なり、明確な形と存在感、そして「橋梁美学」という言葉まで生まれた美的要素から、建築物と同じように主役に成り得る珍しい土木構造物と言えそうです。
そういう意味で橋と建築は、ジャンルの違いを越えて相通じるものがあるのかもしれません。
そこで、建築家がデザインした橋の事例を調べてみると、なかなか面白いのです。
幻となった新国立競技場の設計で話題を呼んだザハ・ハディットは「シェイク・ザイード・ブリッジ」(UAE:アブダビ)で彼女らしいユニークな流線形の橋をデザインしていますし、フランク・O・ゲーリーの「BP歩道橋」(米国:シカゴ)は、彼の代表作ビルバオグッゲンハイム美術館の重ねて組み合わされた曲面のうねり具合を想起させる緩やかな美しいカーブを描いています。
他にも日本の建築家では、坂茂氏の「紙の橋」(フランス:ガール県)が、何と281個の紙筒と石で変わり種のアーチ橋(定員20人の人道橋)を設計しています。
また、青木淳氏の「馬見原橋」(熊本県蘇陽町)は、車道の下の人道のアーチ橋に人々が憩い、集う公園のような機能を持たせたユニークな設計で歴史ある宿場の賑わいの場を演出しているようで、建築と土木のコラボは様々な斬新な橋を生み出しているようです。

ただ残念なことに、土木のエンジニアが建築のデザインを手掛けたという話はついぞ聞いたことがありません。
土木構造物のダイナミックな迫力をデザインした建築物、たとえば壮大な力動感に溢れるダムをモチーフとした巨大ビルが大都会のど真ん中に建ったら面白いのではないでしょうか?

(文責:小町谷信彦)
2020年2月第2号 No.70号