橋の話題 9「素材が歴史を変える・歴史をつくる」

素材が歴史を変える・歴史をつくる

素材の変化は歴史を大きく変えることがあります。武器を見ると、旧石器時代の石斧や槍に始まり、紀元前3500年頃、素材として柔らかすぎた銅にスズを混合した青銅を作る技術が開発され剣や刀が登場しました。さらに紀元前1500年頃、トルコのヒッタイト人が硬い鉄を作る精錬技術を発明。はがねを強靭化する焼入れや焼き直しの技術の発達も後押しして鉄製武器の時代が到来しました。マクニールの「世界史」によれば、銅とは異なり各地で大量に採掘できる鉄の精錬技術の獲得は、優れた鉄製武器の安価大量生産の道を開いたのです。それまでの戦争の主役だった青銅剣をかざした少数の戦車貴族を切れ味と強度に優る鋼剣で武装した兵士の大群が圧倒し、現在のトルコからシリアにまたがるヒッタイト帝国を誕生させたのです。いわば、素材の革新が武器と戦争の歴史、中東の歴史をダイナミックに変えたと言えるでしょう。

それでは、橋の素材って何か大きな変化があったのでしょうか。世界最古の人工の橋は巨石時代に造られたと言われるイギリス東部のEast Dart川にある巨大な「石板橋」です。当たり前のことですが、手軽に石材が入手出来る地域では石橋、日本のような森林地域では木橋の時代が長く続きました。環境、状況がそうさせていた時代と言えるでしょう。
そして、近世18世紀末期から19世紀にかけて、製鉄技術の進歩と蒸気機関を利用した機械の開発により鉄が安価かつ大量に生産できるようになると、鋼鉄製の橋が誕生しました。さらに、古代ローマのパンテオンなどで使われて以降は強度不足から使われる機会もなかったコンクリートが、鉄筋を配して強度を高める技法の開発により、20世紀には橋にも使われるようになり、現代では短い工期で安価に施工できるという利点から橋の素材の主流となっています。この鋼鉄や鉄筋コンクリートの橋への使用は、支間長(橋脚と橋脚の間隔)の大幅な伸張を実現し、以前は夢として語られた超大橋も数多く架橋されました。
このように、橋の素材の変化は、古代の武器のように世界史を変えることはありませんでしたが、人流や物流を促進し、経済的、社会的に大きな波及効果をもたらし、生活を豊かにするのに貢献してきたとは言えるでしょう。

では、その素材によって橋の耐用年数にどの程度の違いがあるのでしょう。
一般に鋼橋の耐用年数は50~60年、鉄筋コンクリート橋は100年程度と言われていますが、石橋はどうでしょうか? 有名な古代ローマの水道橋は2000年以上も前の建造ですし、ヨーロッパでは400年とか500年とかの歴史を誇る橋がたくさんあります。長寿命という点では、石橋にかなうものはありません。また、関東大震災で東京市管理の道路橋は全体で675橋の内、358橋が被災しましたが、石造アーチ橋は144橋中、たった7橋の被災にとどまったとのことで地震にも強いことが実証されています。

洋の東西を問わず、数多くの石橋が、その歴史の蓄積から文化的価値や観光による経済効果を生み出したり、それを題材・舞台とした絵画や映画が多くの人々の感動を呼んでいることなどに思いを巡らすと短い時間軸での費用対効果だけで鉄筋コンクリート橋と鋼橋ばかりが建設され、単調な街並みが形成される現代都市の行く末に幾ばくかの物足りなさを感じ得ません。 街の歴史のランドマークとして、何百年も風雨に耐え、後世に歴史の記憶を残す21世紀の石橋の一つや二つあっても良いのでは、と思うのは私だけでしょうか? (N.K)