川の話題8「悪魔の川」

悪魔の川

来年は、いよいよ東京オリンピック。それに先駆けて、4月20日には白老の民族共生空間「ウポポイ」がオープンの予定ですが、自然との共生が大きな課題とされてきた現代、大自然の中での狩猟採取生活を生業としてきたアイヌ民族の文化について、内外の関心が高まっています。
そして、アイヌの人々の「自然の中に神々が宿る」という宗教観を考えると、当然なのですが、北海道のアイヌ語の地名にはカムイ(神)という言葉がいくつも登場します。
例えば、カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭;大雪山)、カムイトー(神の湖;摩周湖)、カムイコタン(神の住む場所;神居古潭)、カムイ岬(神威岬)などですが、おそらく、その神秘的な自然の美しさが神々に相応しい場所だと考えられたのでしょう。

一方、海外では、「神(God)の◯◯」よりも「悪魔(Devil)の✖✖」と呼び習わされているスポットの方が多いようにも思います。
例えば、「デビルズ・リバー(悪魔の川)」は、西部劇によく登場する米国のテキサス州とメキシコの国境を分けるリオ・グランデ川流域の小さな支流で、元々はスペイン語読みのサン・ペドロ(聖ペテロ)だったのが、1840年代にテキサスの調査隊のリーダーが「聖ペトロというよりも悪魔の川だ」と報告したのが由来とのことです。もっとも、何故、「悪魔の川」と思ったのかは不明なのですが。
「デビルス・スロート(悪魔の喉)」は、ブラジルのイグアスの滝の展望台と遊歩道の通称なのですが、凄まじい水量で流れ落ちる滝の爆音が悪魔の喉笛に例えられたようです。
また、「デビルス・プール」は、アフリカのビクトリア滝にあり、8月から1月までの水量が減る季節だけ、滝の縁のぎりぎりまで遊泳が楽しめるスポットとのこと。一歩踏み外すと108m下の滝壺に真っ逆さまというわけで、天国と地獄のプールと言えそうです。
他にも「デビルズ・レイク」「デビルズ・タワー」「デビルズ・スライド」「デビルズ・ホール」等々、湖、奇岩、絶壁、大穴と悪魔の所業は多種多様です。

さて、我々には、悪魔は洋風の魔物で、閻魔大王の方がしっくりくるかもしれません。
そもそも、悪魔を指す英語は、Devil(デビル)、Demon(デーモン)、Satan(サタン)と様々。その違いや語源をご存知の方は、結構オタクと言えるかもしれません。

では、悪魔のルーツを探ってみましょう。
最も古い悪魔は、ヘブライ語のサタン(神への敵対者、神を誹謗する者)で、悪霊の親玉として旧約聖書(創世記)に登場します。
エデンの園で、神が唯一食べることを禁じていた「善悪の知識の木の実」を、エバをそそのかして食べるよう仕向けたのが、蛇に変身したサタンでした。そして、エバに奨められてアダムもその禁断の果実を食べた結果、人間は永遠に生きられる完全な体として造られたのに、神への反抗という大罪に対する罰として死が運命づけられ、楽園から追放されたとされています。

この「サタン」のギリシャ語訳が「ディアポロス」で、さらにそれが英語訳されたのが「デビル」ということです。

一方、「デーモン」は、ギリシャ語の「ダイモーン」(ギリシャ神話の登場人物で「人間と神々の中間に位置する悪霊」)が語源とのこと。なかなか、複雑ですね。

さて、本物の川ではありませんが、「悪魔の川」はイノーベーションの世界にもあります。
いわゆる「魔の川」です。
研究ステージと製品化に向けた開発ステージの間の大きな障壁を意味していますが、次の段階の開発ステージと事業化ステージの間には「死の谷」、さらに進むと事業化ステージと産業化ステージの間の「ダーウィンの海」が行く手を阻むと言われています。

イノベーションの成功者は、現代の英雄として多くの人にとって憧れの的ですが、その乗り越えてきた道筋は、一方ならぬものであったに違いありません。

2019年10月第1号(No. 63 )

                   (文責:小町谷信彦)