恋争いが道を曲げた?
 ノンフィクション作家 合田一道

 測量技師の “恋争い” がもとで、直線で結ばれるはずの道路が大きく曲がってしまったという話をしたい。岩見沢市から同市北村へ連なる上幌向東11号道路がそれという。
 開拓期の北海道の内陸部はほとんどが未開地で、行政が開拓使、三県、北海道庁と変わる中で、担当役人は机の上に地図を広げ、道路となるべき場所に定規をあてて線を引いていった。直線的な道路が目立つのはそのせいとされる。
 典型的なのが札幌と旭川を結ぶ大動脈の国道12号線で、このうち美唄市光珠内から滝川市新町まで四町村に跨る29.2キロメートルが真っ直ぐ伸びた国道。観光バスのガイド嬢によると、「日本一長い直線道路」は北海道観光の一つの目玉なのだという。
 岩見沢と北村を結ぶ道路もそのころ建設されたもので、両方に起点を置き、清吉と信太郎の二人の測量技師が測量しながら道路を延ばし、境界線でぶつかるという計画だった。
 清吉のグループは岩見沢のお茶の水を通って境界点へ、信太郎のグループは幌達布を通って境界点へ向け、いっせいに工事を始めた。
 境界線近くに開拓農家があり、徳兵衛夫婦と娘の千代が棲んでいた。千代は気立てがよく、家事だけでなく畑の仕事まで手伝った。境界線まで近づいて来た清吉と信太郎は、千代の姿を見て恋焦がれる。千代もまた働く二人を見て、心を奪われる。
 清吉と信太郎はそれぞれ徳兵衛に会い、娘を嫁にしたいと告げた。徳兵衛は困り果て、「二人とも立派なお方で申し分ない。この際、いまの仕事が早く、正しくできた方に嫁がせよう」
 と答えた。千代も了解した。
 この話を聞いた二人は奮い立った。労働者たちも、われらが測量士を花婿に、とばかり全力を挙げて働いた。ところが、どうしたことか道路は繋がらず、大きくずれてしまった。二人は、自分の測量は正しいと言い張って譲らない。検査官が検査したが、どちらも間違っていないことが証明された。
 ただ、清吉が測量をした午前は北に向かって右側から日が当たり、信太郎が測量した午後は、南に向かって右側から日が当たったので、その光と影により測量が少しずつ違ったのではないか、ということになり、カーブの道路で繋いで完成とした。
 さて、肝心の恋の行方だが、はっきりわからない。娯楽のない開拓期ならではの切ない物語と思うと、なぜか納得できるのだが、いかがであろうか。

合田一道(ごうだいちどう)

ノンフィクション作家
1934年、北海道空知郡砂川町出身。佛教大学卒。
北海道新聞記者として道内各地に勤務。在職中からノンフィクション作品を発表。
主な作品は、『日本史の現場検証』(扶桑社)、『日本人の遺書』(藤原書店)、『龍馬、蝦夷地を開きたく』(寿郎社)、『松浦武四郎北の大地に立つ』(北海道出版企画センター)など多数。札幌市在住。