チキウ岬灯台
~人々導く断崖の上の光
  文・写真 秋野禎木

 地球が丸く見えるといわれる室蘭市の地球岬の展望台に立ったのは、夏の太陽が西に傾き始めた夕暮れ時だった。
凪いだ海の右手に、渡島半島の蒼い影が続く。左側に広がる太平洋は、朦気が夕陽を浴びているせいか、水平線のあたりが薄い茜色に霞んでいた。
 その風景の手前に立つ白亜の灯台。1920(大正9)年に点灯して以来、世紀を超えて沖合をゆく船の人々に海の道標となる「光」を届けてきたチキウ岬灯台である。
 無筋コンクリート造で高さは15㍍。白色八角形の灯台は、海面から100㍍以上の断崖絶壁の上にある。着工は1918(大正7)年5月。灯台の標識効果を少しでも高めようと、迫り出した断崖の上に建設資材が運ばれ、2年後の春に待望の光が灯った。
 無筋コンクリート造で高さは15㍍。白色八角形の灯台は、海面から100㍍以上の断崖絶壁の上にある。着工は1918(大正7)年5月。灯台の標識効果を少しでも高めようと、迫り出した断崖の上に建設資材が運ばれ、2年後の春に待望の光が灯った。
 当時の光源は石油白熱灯。その光を屈折させ、水平光線にするフレネルレンズを水銀槽式回転装置に設置し、職員が巻き揚げた分銅を下降させる力を使ってレンズを回すという仕組み。レンズの中心が向いた方向に強い光が発せられ、30秒ごとに2度、「群閃白光」が24海里(約44㌔)先の彼方まで届くことになった。

 現代のようなレーダーもなく、まだ夜の中に光が乏しかった時代、闇の海をゆく船の人々の目に、この灯台が放った光は、どう映っていただろうか。舵を取る船乗りは、それを頼りに自らの位置を知り、これから向かう方角を知ったはずだ。チキウ岬灯台だけでなく、日本の各地で、世界の至るところで、灯台が光り、無数の船がそれに導かれてゆく。遥かな天空から見れば、それはさぞかし荘厳な光景であったろう。
 光源も、動力も、時代とともに変遷し、チキウ岬灯台は1991(平成3)年に無人化されたが、灯台そのものに大きな改築はなく、設置当初の姿を保っている。24海里という光達距離は、道内の灯台では今も最も遠いものだそうだ。
 この岬の名前の語源は、アイヌ語で「断崖」を意味する「チケップ」。それが「チケウエ」、やがて「チキウ」(地球)へと転訛したのだという。その名の通りの、断崖のギリギリの縁で続く光を巡る様々な営み……。
 時に荒れ狂い、時に優美な表情をたたえる海と向き合うチキウ岬灯台。その背後に、営々とした人間のドラマが息づいていることに、改めて心が動くのを感じる。

【交通アクセス】
道南バス 地球岬団地バス停より徒歩15分(1km)
JR母恋駅より徒歩35分、車で10分(3km)
室蘭ICより車で35分(14km)

文・写真
秋野禎木(あきの・ただき)

元朝日新聞記者/現北海道大学野球部監督
1959年生まれ、北海道小平町出身

世界最古の灯台~世界の七不思議 ファロス灯台

 世界最古の灯台は、紀元前279年にエジプトのアレキサンドリア港の入口にあるファロス島に建設されたファロス灯台とされています。
 この灯台は、高さが135mという巨大な塔で、完成までに20年の歳月を費やしました。そして、1477年まで1700年以上も使われましたが、日本で本格的な灯台が建てられたのが1969(明治2)年ということを考えると、その高度な土木技術から「世界の七不思議」の一つと言われるのにも頷けます。七不思議には他にも、巨石を積み上げた「ギザの大ピラミッド」や屋上階に大量の土を盛り、植物を育てる大量の水を汲み上げた「バビロンの空中庭園」といった高度な技術を駆使した土木施設が列挙されています。
 ちなみに、「土木技術者(Civil Engineer)」という呼称を初めて使い土木史に名を残した英国人技術者 ジョセフ・スミートンの代表的な業績は、1759年に完成した軍港プリマス近くのエディストーン灯台の設計、建設でした。