トンネルの話題 2「映画に登場するトンネルあれこれ」

 「伊豆の踊子」は言わずと知れた川端康成の名作ですが、シルバー世代の映画好きの方は、幻のアイドル山口百恵、あるいは吉永小百合の映画を思い浮かべる方が多いかもしれません。
 この情感溢れる純愛物語は、大正15年に公開された田中絹代主演のサイレント映画に始まり、演歌の女王美空ひばりなど、5回も映画化されてきました。そして、この小説で有名になったのが伊豆・天城峠の旧天城トンネルです。
 伊豆は中央にある天城山が障壁となって南北が分断されていましたが、南伊豆の物資の輸送は海運頼りだったことから、街道の発達は遅れて、半島南端の下田から三島市(静岡県)を結ぶ下田街道(現在の国道414号)が整備されたのは、ようやく江戸の中期になってからでした。しかし、幕末の黒船の到来により下田が開港を余儀なくされるや通行は急増し、伊豆の難所、天城越えの解消は急務となりました。そこで1893年から道路改良が始められ、天城山隧道(旧天城トンネル)も1900年に建設着手、1905年には完成に至ります。
 地元の大仁町から切り出された吉田石を使った石巻工法による全長446m、幅員4.1mの重厚なトンネルは、日本で現存する最大長の石造り道路トンネルとして土木遺産に登録され、トンネルとしては初めての国の重要文化財として、供用から百年以上の時を刻んだ今、益々その存在感を増し加えています。  
 ところで、この旧天城トンネルは観光名所ともなり、浄蓮の滝からトンネルを抜けて河津七滝に至る約16㎞の踊子歩道が整備されているそうです。コースタイムが6時間30分と結構ハードですが、体力が許すうちに四十数年ぶりの天城越えにチャレンジしたいものだと思ったりしています。

 黒澤明監督の「夢」(1990年公開)に登場する金時トンネル(金時隧道;静岡県)も個人的には強烈な印象が残っているトンネルです。1990年の   公開当時、黒沢を敬愛するハリウッドの巨匠スティーブン・スピルバーグが協力した全世界配信の日米合作映画として注目を集めたオムニバス映画で、8つの夢の話の内の一つが「トンネル」というタイトルで舞台となったのが金時トンネルでした。時代は終戦直後、戦死させた部隊員の遺族に会うために山道を歩いていた元陸軍将校がトンネルに差し掛かるとトンネルの暗がりから亡霊が整然と行進しながら出てくるというホラー映画さながらのシーンは、ゴッホの「アルルの麦畑」に紛れ込んだ夢に登場する女満別(北海道・大空町)の明るく爽やかな麦畑シーンとは好対照な何とも暗く不気味なものでした。
 金時トンネルは金時山の峠を抜ける全長333mのトンネルで、金太郎の所縁の地という意味では話題性もあるのですが、旧天城トンネルとは対照的に観光スポットとして光が当たることはなかったようです。おそらく、奇妙な悪夢を現地で体感したいという奇特な方は少なかったのでしょう。ある意味安心できることかもしれません。

 トンネルは開通すると分断されていた地域同士を結び付き、多くの場合、劇的に社会的・経済的効果がもたらされます。
 映画の世界でもトンネルは特別な舞台効果を醸し出します。その昔「タイムトンネル」というTVドラマではトンネルが過去や未来の入口になっていましたが、映画の世界でトンネルは別世界への入口、先の見えぬ闇の世界、追い詰められた恐怖の世界等々、特別な情感を煽る劇的な舞台装置となってきました。
 少々気分が暗くなるかもしれませんが、映画や小説の舞台となったトンネルを巡る旅というのも面白いかもしれませんね。

2021年10月第1号 No.107号
(文責:小町谷信彦)