豊平峡ダム
~札幌を支えた渓谷の水瓶
  文・写真 秋野禎木

公開

 緩やかな弧を描くアーチ式の豊平峡ダムを、渓谷の冷気が包んでいた。堤頂に立って見渡せば、そそり立つ岩肌で紅葉や黄葉が輝き、その一葉一葉が風に踊っている。自然が創り出した雄大な峡谷と、技術の造形である巨大なダムがコントラストを織りなす錦秋の風景は劇的でさえある。
 観楓の名所としても知られるこのダムが完成したのは1972(昭和47)年。札幌で冬季五輪が開催された年である。世界のオリンピアンが集った五輪を機に、この時期の札幌は大きく変貌した。真新しいビルが建ち、道が拡幅され、地下鉄が開業し、五輪のテーマソング「虹と雪のバラード」で「生まれかわるサッポロの地」と謳われた通り、槌音が響く街の表情は刻々と変わっていった。
 その都心を流れる豊平川は河床勾配がきつく、増水すると「暴れ川」に姿を変える。過去に氾濫を繰り返してきた脅威から生まれ変わる街を守るために、そして、都市の水道用水や電力需要に対応する役割を背負って、この多目的ダムは姿を現した。
 地形の条件などから、採用された形状はアーチ式。堤の高さは102・5㍍に達する。これが都心に流れ下る川の水量を調節し、ダム湖は札幌ドーム30杯分の貯水量で水需要に応える。河川敷に市民が集う豊平川の憩いも、ペットボトルで販売されてもいる「さっぽろの水」も、この渓谷の情景と結びついている。 

 ダムサイトでは、建設時につくられた作業用トンネルを利用し、ワインやお茶の貯蔵実験も行われている。温度が常時10度に保たれた空間の中で、ワインやお茶はどんな味わいを醸し出していくのか。このダムは、熟成の揺りかごというもう一つの顔も併せ持っているのである。
 日が陰ると、堤頂は一段と強い冷気に包まれる。錦秋の季節が通り過ぎ、渓谷から道都を支え続ける巨大ダムは、ちょうど50回目の冬を迎える。

<交通アクセス>
【マイカー】札幌市中心部から約1時間で豊平峡ダム駐車場、駐車場から電気バス
【バス】札幌駅、真駒内駅からじょうてつバス定山渓温泉行 定山渓温泉下車、定山渓観光案内所から豊平峡ダム行き無料往復バス(10月のみ運行)、ダム駐車場から電気バス

文・写真
秋野禎木(あきの・ただき)

元朝日新聞記者/現北海道大学野球部監督
1959年生まれ、北海道小平町出身

アーチ式コンクリートダム

 アーチ式コンクリートダムは、ダムにかかる水圧をダムの側面の岩盤で支える構造で、形状をアーチにすることによりダムに掛かる水圧を両側山腹の岩盤に分散させ、ダムを転倒させる力に対抗しています。
 ダムの重さで水圧を支える重力式コンクリートダムと比べるとコンクリートの使用量が少なく、工費が縮減できる経済的なダム型式です。ただ、ダム周辺の岩盤が強固な場所でしか建設できないので、北海道ではこのタイプのダムは豊平峡ダム(北海道開発局)の他は、奥新冠ダム(北海道電力)だけです。
 アーチ式コンクリートダムには、様々な形状のものがあり、最も多いのは、下流側に湾曲したドーム型アーチですが、他に放物線アーチ、湾曲していない円筒型アーチ、複数のアーチが連なるマルチプルアーチなどがあります。
 ちなみに、堤体が世界一高いアーチダムは、堤高325mバティフヤーリーダム(イラン)で、日本一は堤高186mの黒部ダムです。