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鉄道橋の魅力~遊歩道への再生

2026年6月26日 公開

 乗り物好きは子供だけに限りません。とりわけ鉄道は、近年はいわゆる「ママ鉄」、「女子鉄」まで登場し、鉄道ファンの数は、150万~200万人とも言われています。
 そんな鉄道好きにとって、鉄橋も見逃せない魅力的アイテムです。
 東京湾には、かつて港に荷揚げされた貨物の輸送のために数多くの鉄道専用線が敷設されていました。しかし、物流の主役が鉄道からトラックに変わり、昭和40年代には総延長24㎞にもなった専用線も順次廃線、平成元年の晴海線の廃線を持ってその役割を終えました。

 そして廃線に伴い鉄道橋も次々に撤去されたのですが、「旧晴海鉄道橋」(竣工 1957年(昭和32年;全長190.3m、幅員3.8m)だけは唯一残されていました。それは、桁下高が高く、船舶の航行の妨げにならなかったので撤去を免れたためですが、2025年(令和7年)、耐震補強工事を終え、「春海橋公園遊歩道」として生まれ変わりました。
 この橋は、鉄道橋としては日本初のローゼ橋・PC桁橋という歴史的価値も評価され、‘21東京五輪・パラリンピックを機に策定された東京都の「海上公園ビジョン」の中で、豊洲と晴海エリアの公園を結ぶ歩道橋として活用することになったのです。

 ちなみに港の貨物専用線は、大口の荷主企業が敷設するのが一般的ですが、東京港の場合、荷の種類が多く、公共性も高いので東京都が港湾施設として整備、運営する全国的にも珍しい鉄道線でした。
 そもそも東京港にはこんな経緯もありました。明治の開国以来、対外貿易の玄関口だった横浜港と競合するため、横浜港関係者がその整備に反対、軍関係者も首都東京への外国船の乗り入れは国防上問題と嫌ったため、整備されることはありませんでした。そんな状況を  一変させたのが関東大震災でした。東京は壊滅的な被害を受け、陸上の交通網は寸断されましたが、大規模な港がないために救援・復旧活動が困難を極めました。
 こうして東京港の本格的な整備が始まるのですが、昭和に入ると日中戦争への突入により港の軍事利用も拡大し、専用線も延伸されていったのです。

 では、春海橋公園遊歩道はどのように再生されたのでしょうか?
 竣工時のアーチ構造・外観はそのまま残し、見えない桁裏の部材を交換・補強しました。そして既存のレールをウッドデッキに埋め込み、アーチ部の色彩を建設当時のコバルトブルーに再現、損傷の大きかった支承は旧橋のデザインに馴染む鋳鉄製(特注)で交換など、細鉄道橋としての約70年の歴史を伝えるデザインとなっています。

アーチ部の外観

ウッドデッキに埋め込まれたレール(脱線防止の護輪軌条を含む4本のレール)

ガラス窓から枕木、バラスト(砂利と砕石)が見える

サイドに張り出したガラス窓

ガラス窓から構造と水面が見える

 さて春海橋公園は、最寄りの東京メトロ豊洲駅からは豊洲公園を経て運河沿いの遊歩道で繋がり、水辺の気持ちの良いお散歩コースとなっています。
 大規模ショッピングモール「アーバンドッグららぽーと豊洲」と高層マンション群という大都会のモダンな空気感の中で水と緑、そして長い歴史を刻んだ鉄道橋のレトロ感は、そのコンストラクトが大きな魅力を醸し出しています。
 機会がありましたら、一度足を運んでみてください!

運河沿いの遊歩道

ショッピングモールの遊び場

かつての造船所をリニューアルした船着場(浅草までの東京湾・隅田川クルーズ)

2026年6月第1号 No.183
文責:小町谷信彦

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