広場の話題
シャッター通りの近未来は公園都市
2026年5月29日 公開 地方では、かつての駅前商店街は「シャッター通り」の時代を過ぎて、今や一面に広がる空き地や駐車場の中に商店や家がポツンと一軒家、そんな風景が当たり前のものとなってしまいました。
しかし、そんな絶望的とも思える過疎にポジティブな可能性を見出しているまちづくり仕掛け人がいます。建築家 馬場正尊氏です。
馬場氏は、2003年に個性的な中古建築物件を独自の視点で紹介するウェブサイト「東京R不動産」を立ち上げ、使わなくなったガレージや町工場などをお洒落なカフェやブティック、住宅等をリノベーション(再生)し、さらに2015年に設立した「公共R不動産」は、その対象を公共空間にまで拡大し、地域の賑わいづくり、活性化に取り組んでいます。そして近著「パークナイズ-公園化する都市」で「都市は公園化したがっている」という斬新な発想から、地方都市の近未来をこんな風に思い描いています。
「地方都市の中心市街地から商店が消え、その空き地が駐車場に変わるのは経済的には適切な回答かもしれない。そんな駐車場もいずれアスファルトがはがされ草木が生え始めると、安くなった土地に2階に住みながら1階でカフェや本屋などの小商いを営む人達が移り住むようなる。駅からほど近く、周辺には古くからのキャラの立った飲食店もちらほら残り、ゆったりとした土地に植えた木は育ち、余った土地はパブリックに解放され、近所の人が子供や犬と一緒に散歩している。」
この公園のような町では、私有地と公共空間との境界は曖昧で仕事と生活の境界も曖昧なものになり、ゆったりとした暮らしが楽しめます。かつてバブル景気の時代に流行ったトレンディドラマに登場する高級マンションでのアーバンライフをとは対極のスローライフの世界が誕生するというわけです。
そもそも「公園」とは何でしょうか?
その語源は、明治の初めに英語の“pubric garden”や“park”を翻訳した際に、王侯貴族の庭園や狩猟場を意味する中国の古語「公園」を転用したものとされています。
そして1873(明治6)年に太政官布告によって、東京の芝、飛鳥山や大阪の住吉、水戸の偕楽園など、市民の行楽の場が公園として指定されたのがその始まりでした。例えば、東京のJR王子駅前の飛鳥山は、江戸時代に八代将軍・徳川吉宗が桜を植えさせ、町民のために開放した花見の名所でした。つまりこの頃の公園は、上野でも浅草でも公園内や隣接地に飲食店が数々立地し、公園は賑わいの場だったのです。しかし都市公園法が制定され、公園が計画的に基準通りの配置、施設内容で整備されるようになると、公園は健全なレクリエーション空間として純化され、曖昧な自由空間として魅力は失われていきました。それで近年は逆に、公園の本来持っている楽しさを取り戻そうとの思いでこれまでの基準は緩和され、民間活力を活用する「パークPFI」が新たに制度化されました。今、公園が都市を活性化させる上で果たす役割が再評価され、注目を集めているのです。
ちなみに馬場氏は、公園は「寛容性を帯びた空間」で「オープンマインド圧のようなものが働く」ので、いろいろな土地利用、アクティビティと掛け合わせると、人の流れや緩やかな交流を生み出す大きなポテンシャルを持っていると考えています。今後の展開が楽しみです!
さて、かつて都市計画は、住居地域、商業地域、工業地域など、土地利用を純化させ、機能の効率化を目指しました。しかし、例えば住居専用の地域では、実際に生活すると近くに買い物や娯楽の場がないので不便な上、楽しみも少ないということになり、多様な用途をバランスよく融合した方が良いということになり、そういう方向に都市計画もきめ細かく修正されてきました。
そういう流れの中で、例えば道路も都市の貴重な空間として通行という本来目的のみならず、賑わいや美しい景観の創出といった多様な価値を実現するために有効活用が図られるようになってきました。
そもそも自然界は多様性の宝庫。それが私達の暮らしに潤いと楽しみをもたらしています。そんなことを考えると、私達の感性は都市にもそういう多様性を求めているのかもしれません。
地方都市が、緑に溢れ、歩いて楽しい「公園のような町」に生まれ変わるのを楽しみにしたいと思います。
(参考文献)「パークナイズ-公園化する都市」著者 馬場正尊ほか;学芸出版社
2026年5月第2号 No.182
文責:小町谷信彦
