橋の話題 7「絵画に見る橋 浮世絵編」

絵画に見る橋 浮世絵編

かつて、『お茶づけ海苔』と言えば永谷園という時代がありました。名誉のために記すと、今でも8割以上の圧倒的シェアだそうですが、私などはなんとも懐かしい昭和の香りを感じてしまいます。そして、永谷園と言えば「東海道五十三次」の浮世絵カードを思い浮かべるのは少なくとも40代以上の方でしょうか。
1952年に発売が始まった永谷園の『お茶づけ海苔』。当初は『お茶漬け海苔』自体を手作業で袋詰めしていたそうです。そのために商品検査の確認印を押した無地の検印紙を封入していました。ただ、それだけでは面白みもないですよね。そこで、その紙に「日本文化・芸術に興味を持ってもらう一助に」との思いで歌川広重の『東海道五拾三次』を印刷したのが浮世絵カードの始まりとのこと。その後、1997年に「キャンペーンとしての役割を果たした」として終了しましたが、嬉しいことに昨年11月に30年ぶりに復活しました。
私もこのニュースに幼年期の記憶を重ねる往年のカードコレクターの一人ですが、この広重の『東海道五拾三次』には、橋が舞台装置としてしばしば登場します。改めてチェックしてみると、見落としてしまいそうな点景の2橋も含めると実に11橋を数えます。起点の江戸は日本橋、終点の京都三条大橋など、風景の中心となっている橋、川の情景にアクセントを添えている橋、前景に大きく欄干が描かれ橋からの眺めであることを明示している橋など、橋の役割は様々。また、太鼓橋を前屈みで登り下りしている着物姿の人々と情景も豊富です。
五十三次のことを考えていると、広重のもう一つの代表作『名所江戸百景』に登場する橋も思わず数えてしまいました。118景の内、橋が主役や名脇役として描かれているのが25景で端役も含めると37景あります。そして、川や海や池といった水面が描かれた絵は何と92景もあり、江戸は水の都だったことが窺い知れます。今更ながら、明治以降の近代化、特に戦後の都市化と舟運の衰退に伴って身近な川や海の埋め立てが進み、水都の面影が失われてしまったのはなんとも残念なことです。
 ところで、この名所江戸百景の一つで隅田川の新大橋を描いた『大はしあたけの夕立』は、ゴッホが模写したことで有名ですが、『アルルの跳ね橋』は、その技法を真似て描かれたと言われています。遠近法の強調、単純化した構図や細やかな線描画法などの技法だけでなく、「日常の印象的な一場面を写真のように瞬間的に捉えた」点も浮世絵の特徴を活かしていると言えそうです。
この19世紀後期という時代は、黒船到来を契機とした日本の風物の欧米への流出により、『ジャポニズム』と呼ばれる一大日本ブームがヨーロッパに広がり、とりわけ浮世絵は、ゴッホのみならず、マネ、ドガ、ゴーギャン、モネ、ルノアールといった印象派の錚々たる面々やホイッスラー、ロートレックといった多くの巨匠に大きな影響を与えました。それにしても、葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』に触発されたドビュッシーの『交響詩“海”』、同じく北斎の『諸国瀧廻り』をモチーフにした近代建築三大巨匠フランク・ロイド・ライトの『落水荘』など、ジャンルを超えた浮世絵の文化的影響力たるや恐るべしです。

さて、最後にご紹介したいのは、少しばかり橋の話題から飛んでしまいますが、歌川広重と同年生まれで奇想天外な浮世絵で知られる異才『歌川国芳』。ユーモラスな蛙やら金魚やらの戯画、猫文字や現代のアニメにそのままタイムスリップ出来そうな超迫力アクションの武者絵におどろおどろしい妖怪画。
昨今、欧米は百数十年ぶりの日本ブーム。その主役は「和食」と並んで「アニメ」という点では誰もが異論のないところだと思いますが、その源流はひょっとするとこの辺にあるのかもしれません。(N.K)