防災の話題6「オオカミ少年効果とファクトフルネス」

オオカミ少年効果とファクトフルネス

 近年、毎年のように初夏から秋にかけて、日本のどこかで記録的豪雨に伴う災害が発生しています。地球温暖化の影響とも言われていますが何とも忌まわしい限りです。
 先日、テレビ番組で某防災専門家が、大雨のたびに出される避難勧告などに従って、繰り返し避難したが毎回空振りだったという高齢の母と娘が十数回目の避難時についに水害に見舞われ九死に一生を得た、という逸話を紹介していました。無駄と思われたそれまでの避難行動は良い予行演習になり、決して無駄ではなかったという落ちでした。
 このような度重なる誤警報は警報の信頼性を低下させ、避難率を下げる一因にもなりますが、この現象はイソップ童話の「羊飼いとオオカミ」の嘘つき少年になぞらえて「オオカミ少年効果」と言われています。

 一方でオオカミ少年になるのを恐れて警報発令を控えたところ大雪になって東京都心が大混乱に陥ったという失敗例もあって、災害情報発信の判断は相当に難しそうです。
この現象は、羊飼いに絡めて「居眠り羊飼い効果」と称する専門家もいるそうですが、居眠りの方が嘘つきよりその弊害は大きそうですね。

 ところで、昨年の社会科学系書籍でベストセラーになった「ファクトフルネス」という本はご存知でしょうか?
聞き慣れない英語の標題ですが、ファクト(事実)とフルネス(いっぱい)の造語です。我々は共通の思い込みが邪魔をして事実を正しく認識するのは難しいという趣旨の話が書かれているのですが、私にとっては久々に目から鱗が落ちた一冊でした。
一般的な思い込みには10のパターンがあり、それが事実誤認を生み出すというのですが、その中に「ネガティブ本能」(「世界はどんどん悪くなっている」という思い込み)、「恐怖本能」(「実は危険でないことを恐ろしい」と考えてしまう)、「焦り本能」(「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み)が挙げられていました。
 興味深いのは、この3つの思い込みは日常的に問題となる認識パターンではありますが、以前にコラム(防災の話題1「災害心理について」)でご紹介した非常事態なのに普通だと思い込む「正常性バイアス」とは真逆の反応で災害時にはむしろ望ましい行動を生み出すかもしれないというポジティブな側面もあるという点です。
 一方、この10パターンの中の一つ「パターン化本能」(「ひとつの例にすべてがあてはまる」という思い込み)が避難勧告の空振り続きの時に「オオカミ少年効果」を助長すると理解できそうですし、非常時の「同調性バイアス」とも連動しているかもしれません。

 人の心理は複雑怪奇で一筋縄ではいきません。
 しかしながら、災害警報がオオカミ少年になったとしても、騙されたとは思わずに「備えあれば憂いなし」の精神を忘れないようにしましょう!
「聡明な人は危険に気付いて身を隠すが、経験のない人たちは進んでいって当然の報いを受ける」(格言22章3節)のですから。

(文責:小町谷信彦)

                         2020年8月第1号  No.82号